2010年12月31日

岡田茂吉氏に関する疑問 2

彼は聖母の処女懐妊を否定する

私はクリスチャンとして、カトリック教徒として、「聖母の処女懐妊を否定するのはケシカラン」と言いたいのではない。ただ「その主張は真実ではない。それは実際起こったのである」と言いたいのである。そこをお間違えなく。

注)文中の「明主様(めいしゅさま)」とは信者が彼を呼ぶ時の呼称である。
信者の質問:
マリアは処女受胎してイエスを生んだと申しますが・・・

明主様御垂示:
これは嘘ですよ。もしあるとしたら世界は破裂しますよ。

(昭和23年12月28日)
イエスは、ヨセフとマリアの二人の間に出来た子供です。
聖霊に感じて身ごもったというのは作り事なんです。
そんな馬鹿な事はないんです。
(昭和26年12月25日)
これは「完全否定」、いかなる留保もない否定と言っていいだろう。


カトリック側の示現を見る前に、岡田氏が自分自身のことをどう言っているか、その口吻を見ておこう。
従って、私に在られます神霊は最高の神位であるから、これ以上の神様は世の中にないのであるから、他の神様に頭を下げる意味はないので、何よりも信者が日々顕わしている奇跡がそれを証拠立てている。その奇跡たるやキリストの顕わした奇跡以上の奇跡が常に顕われているので、私の弟子でもキリストに比べてなんら劣るところはないのであるから、この一事だけでも私の神格は想像つくはずである。
(神人合一)
故に昼の文明を創造する私としては、一切が分るのは当然である。
(…)
これほど絶大なる力をもつ私としたら、何ものも分らないはずはない。信者はよく知る通り、如何なる事を聞かれても、私は答えに窮した事はない
(私の光)
人類を救いたいとの熱情に燃える余りか、表現がずいぶん思い切ったものになっている。「いいんですか。大丈夫ですか」と心配になるくらいに。


霊的な事にはどだい現代科学で言う「証拠・証明」はあり得ないが、以下、カトリックの示現を掲げる。

1. ベイサイドの預言
わが子らよ。私は、わが本性 (nature) に対する、またわが聖父と聖霊におけるわが神性に対する非道行為に関しては、苦しみのうちに、忍耐のうちに、そしてまだなだめられ得る心と共に、受け入れもしよう。しかし、わが御母に対する暴虐に関しては、私は大目に見ないであろう! わが降誕についての知識を退け、その偽善のうちに、また真実を拒絶するその態度のうちに、わが御母の地位の低下を受け入れるあなた方よ!
永遠の聖父は、彼女が生まれる以前から、私があなた方の世界に入るための容器となすために、わが御母を選びたもうたのである。わが御母は罪なしに孕まれた。彼女は罪の汚辱を、人類がその最初の両親から受け継いだところの原罪を知らなかった。彼女は、時の始めから、永遠の聖父の御旨のうちに、私があなた方の世界に入るための汚れのない容器として定められたのである。
わが御母は通常の女性ではない。過去のおいても然りである。彼女は終生童貞であった。わが御母は痛みなしに、また赤ん坊の声が彼女と彼女の浄配ヨゼフを起こすまでは私の降誕を知ることなしに、私を産んだのである。わが御母は、わが降誕の前にも後にも男性を知ることがなかった。わが御母は、いにしえの書に書かれている通りに、終生童貞であった。ああ、信仰薄き者よ、あなた方はどれほど彼女の地位を低めれば気が済むのか!
(1977年5月14日)

私はあなたの神としてあなたに臨み、この事を明確にすることを望む。私はわが家庭の中にいかなる兄弟姉妹も持たなかったのである。わが御母は終生童貞なるマリアであった。この事は天国からの超自然的な徴(しるし)であった。そして、光のうちにある人々だけが、わが御母の存在を、そして地上における一にして真なる教会の確立において彼女が演ずる役割を、完全に理解するのである。
(1987年10月2日)

2. 福者アンナ・カタリナ・エンメリックへの示現
わたしは神のお告げの祝日にちょうど神のお告げの視幻を見た。それはマリアが結婚して間もないころで、かの女はナザレトの家にいたが、ヨゼフは不在であった。かれは自分の荷物を取りに二頭のろばを曳いてチベリアデに向かっていた。

家にはアンナとその碑、それにマリアと一緒にいた二人の乙女がいた。アンナは新しい家具を備えつけていた。

夕方になると一同は低い丸いテーブルを囲み、立ったまま祈ってから野菜を食べた。アンナは長い間家の中であちらこちら働いていたが、マリアは階段を上って自分の部屋に帰った。そして長い白い羊毛の祈祷服を着て帯をしめ、黄がかった白いベールを頭にかけた。

すると召使が入ってきて腕の多いランプに灯を入れて出ていった。マリアは低い机を壁の傍から持ってきて部屋の真中においた。その上に小さな丸いひじ当てをおき、手を机に支えながら、寝所に背中を向けてひざまずいた。部屋の扉は右側にあり、床の上にはじゅうたんが敷いてあった。マリアはべールを顔の前に垂れ胸の上に手を組んだ。

かの女はこうして長い間非常に熟心に祈っていた。救世の約束の王について祈り、その来臨に際して幾分かかかわり合いを持つことを願って、天を仰ぎ、われを忘れて長い間ひざまずいていた。それから頭を胸にたれてさらに祈った。

マリアがふと自分の右の方を見た時、そこにブロンド色の髪をなびかせた光り輝くひとりの青年を認めた。それは大天使ガブリエルであった。その足は地についていなかった。天使は光と輝きに充ち満ちて上の方からマリアの方へ降ってきた。建物は隅々まで光にあふれ、ランプはまったくうす暗くまばたくばかりであった。天使は話しかけた。マリアは答えたが顔を上げなかった。天使がふたたび語ると、マリアは天使から命じられたようにベールを上げて天使を見た。そして言った。「わたしは主の婢です。あなたの仰せのようにわたしになりますように。」

その時マリアは深い脱魂状態にあった。居間の天井はもはや見えなかった。

家の上には光雲が漂い、一条の光線が開けた天まで伸びていた。この光の源に至聖三位の姿があった。マリアが「仰せのようにわたしになりますように。」と言った時、翼に蔽われ、人の容貌をもった聖霊の姿が現れた。そしてその胸と手から三本の光線が流れ出てマリアに降り、かの女の胎内で一つになつた。その瞬間マリアはまったく透明に輝き、不透明なものは、夜がこの光の奔流の前から遠のいていったかのようになった。(引用注: 日本語がちょっと変ですが、そのまま引用しました。)

天使が光と共に消え去ってのち、天からの光の中から、緑の葉のついた無数の白いばらの蕾がマリアの上に降り注いだ。マリアはまったく自己のうちに没入し、人となった神の御子を、自分自身のうちに小さな人間の光の形で見つめていた。

この神秘が起こったのは最夜中頃であった。

しばらくしてからアンナと他の婦人達が入ってきたが、マリアがわれを忘れた脱魂状態にあるのを見てまた出ていった。

かの女は立ち上り、壁の方の小さな祭壇の前に行き、そこでしばらく祈り、明け方になってやっと横になって休んだ。マリアはちょうど十四才を少しこえたぐらいであった。マリアは救い主を宿した事を知った。また救い主はその国の人々の王となるが、その王国はこの世のものではなく、人類救済のために苦しみかつ死ななければならないという事も知った。

アンナは特別の恵みによってこの事を心の内にマリアと分ちあっていた。

エルサレムでは婦人は神殿に入れないがナザレトではいまは違う。かの女自身が神殿であり、至聖なる神がその中に住まわれたのである。

マリアはイエズスを受胎した後、いとこのエリザベトを訪問できるのを楽しみにしていた。かの女はヨゼフと共に南に向かって旅に出た。二人は遠い道のりを非常に急いだ。
(…)
ヨゼフはすぐ帰りたかったが、なお八日間程留まっていた。かれはまだマリアの受胎の事を何も知らなかった。婦人達もその事については黙っていた
(…)
時折わたしはマリアの胎内に栄光を見たが、その中心は書き表わせぬ程明るく輝いた焔であった。わたしはエリザベトにもこの栄光を見たが、その輝きはマリアほどには明るくなかった。

星の輝くある静かな夜、月光をあびて、ヨゼフはザカリアに見送られてナザレトへの帰路についた。まず一同そろって祈ってから、ヨゼフは荷物を持ち、二人は旅行用のマントを頭から被った。そして非常に静かにまた快活に別れを告げた。二人の婦人も少しばかり一緒についていった。そして言葉につくせない程の心地よい夜を味わっていた。

ヨゼフはナザレトの自分の家にはいった。アンナの召使が一切の世話をして帰った後ヨゼフはいつも一人であった。

ザカリアもまた自分の家に帰った。

マリアとエリザベトはいつものように祈りそして働いていた。夕方になると二人は庭を歩き、涼しくなった時には近所を散歩した。ふだんは九時頃床につき、かならず日の出前に起きた。マリアはヨハネの誕生まで三か月間エリザベトの所に滞在し、ヨハネが割礼を受ける前にナザレトへ帰った。

ヨゼフは途中までマリアを迎えに出て、マリアが妊娠している事を始めて知った。しかしかれはそれを口に出さず、心の疑惑と戦っていた。この事に早くも気付いたマリアは真面目な様子で考え込み勝ちになったので、ヨゼフの不安を一層募らせた。しかしマリアが故郷に帰って来てから天使がヨゼフに現れ、かれを安心させた。

3. 尊者アグレダのマリア への示現
黙想に耽る聖マリアの部屋に人の姿をした天使たちが入りました。木曜日の夕方でした。謙遜な王女は、聖ガブリエルの見分けがつきましたが、伏し目にしました。聖なる天使は自分の女王に対し、深く御辞儀をしました。アブラハムが天使にお辞儀したように、人間が天使に礼を尽くすという昔からの習慣がこの日から変わったのです。御言葉の人性により、人性が神の威厳にまで引き上げられたので、人間は養子の地位をもらい、天使たちの兄弟となりました。天使が福音史家聖ヨハネにより崇められるのを拒否したのです。

聖なる大天使は挨拶しました、「めでたし聖寵充ち満てるマリア、主は御身と共に在します。御身は女の内にて祝せられ給う」。この挨拶を聞いて聖マリアは当惑しましたが、混乱していませんでした。当惑は、自分が最も卑しい者と思っていたのでこのような礼辞を考えていなかったことと、どのように応対してよいか考え始めたからです。その時、神が神の御母として聖マリアを選んだことを聖マリアの心の中に話されたので、ますます驚いたのです。天使は主の宣言を説明します、「恵まれた方、恐れるな。御身は主の恩寵を得た。見よ、御独り子を懐胎し、出産し、イエズスと名付くべし。御子は偉大にして、いと高き御方の御子と呼ばれるべし。」

この新しい未聞の秘儀の真の価値を理解できる方は、私たちの思慮深く謙遜な女王以外にはいません。聖マリアがこの秘儀の偉大さを実感すればするほど、もっと讃嘆の気持ちが起きました。聖マリアは自分の謙遜な心を主に挙げ、教えと助けを願いました。いつもの恩恵や内的高揚は中止されたので、普通の人間と同じように、信望愛をもってあたるしかありませんでした。聖マリアは聖ガブリエルに答えて言いました、「私はどのようにして妊娠するのでしょうか? 私は男を知りませんし、知ることができません。」 この時、聖マリアは乙女の誓願を結婚前にも結婚後にも主に対して行ない、主に祝福されたことを無言で主に話しました。

聖ガブリエルは答えました。 「私の女主人様、男の協力なしに御身を妊娠させることは、神にとって容易なことです。聖霊が御身の上に留まり、いと高き御方の力が御身を覆います。聖者中最も聖なる方が御身より産まれ、神の御子と呼ばれます。御覧なさい、従姉妹エリザベトも長年の不妊の後で男児を懐妊して、今は六か月目です。神にとり不可能なことはありません。産まず女を妊娠させる御方は、御身を御自身の御母とし、しかも御身の乙女を保持し、純潔を増大されます。」

4. アルベルト・ドレクセル神父への示現
わが一にして真なる教会は、司祭達によって再興されるであろう。そして、知りなさい、そこでは若い司祭達による新しい世代が育つであろう。そしてこれらの司祭達は背教した聖職者達によって追い払われるけれども、聖人達の霊的な生き方に引き付けられ、自らを公然とキリストの僕であると言うであろう。彼らは自らの聖職と使命を常に身に付ける習慣を持ち、人間の尊敬と世の愛を持たない。彼らは既に二、三の場所で訓練されており、彼らは三つの性質によって特徴付けられる。祈りの生活によって、彼らの聖体に対する愛と熱愛の炎によって、そして永遠の童貞母聖マリア (the eternal Virgin Mother Mary) 、御償いの御母に対する信心と崇敬とによってである。これら三つの要素は、この若い世代の司祭達に聖人の成功を運ぶであろう。そしてわが一にして真なる教会を、新しい輝きと偉大な力を持ったものとして立ち上がらせるであろう。
(1976年5月7日)


「示現」ではないが、一種の霊的通信として。

5. エクソシズムの記録
アムステルダムにおける聖母出現「すべての民の婦人」についての悪魔の自白
アムステルダムから出たこの本を、一度最初から最後まで読んでみるがいい。その中にある小さな絵は多くの教会の中に飾られている。それには次のような言葉が添えられている。「あなたの霊を今遣わしてください etc.」。そして最後に「かつてマリアであられたすべての民の御母が、わたしたちの執りなし手でありますように」。この最後のセンテンスをよく考えてみなければならない。「かつて ... であった」... 彼女はもはやそれではないのか? 我々がフリーメーソンと共にこのフレーズをひねり出したのだ。これは我々の大成功だった。彼らはその物語を聖人達の生涯に似たものとして仕上げることが必要だと考え、幾つかの生涯のあれこれを模倣した。しかし同時に、彼らは常に教会がモダニズムにもっと近づかなければならないことを強調した。我々はこの本に教会の出版許可を取り付けることにさえ成功した!〔笑う〕ハ! ハ! 我々はこれによって全くの成功を収めた!
また、この本ではほとんど常に、「天主の御母」でも他の似たような称号でもなく、「婦人」について語られる。そして絵には「かつてマリアであられた」だ、ハ! ハ! 「かつて ... であった」... もはや彼女を信じない教会のためだ。
多くの者達ために、彼女は「かつてそれであった」のだ。彼女の処女性 (virginity) を疑問視する者達のために、そしてそれを望まない者達のために......そこに地獄があるためにだ。


「福者カタリナ・エンメリックへの示現」と「尊者アグレダのマリアへの示現」の間に、不一致が一つある。それは、聖ヨゼフのエリザベトの家での滞在日数である。前者では八日間となっているが、後者では三日間となっている。
しかし、聖母の滞在期間はどちらも約三ヵ月間となっている。

しかし、それよりも私の心に響くのは、前者も後者も等しく「聖母は深い祈りの内にある時に大天使聖ガブリエルからのお告げを受けた」と言っていることである。庭掃除をしている時にでも粉を挽いている時にでもなく、祈っている時にである。私は、さもありなん、と思う。天使がこれほど重大な事を告げる時、家事仕事をしているマリアを呼び止めてそうすることはない。必ず彼女の心が集中的に神に向かっている時である。


証明、いわゆる科学的証明は一切できないけれども、また、「神様はどうして心の処女性ばかりでなく肉体における処女性までもこれほど重視されるのか」の問題はさて置くけれども、聖母マリアが終生童貞であられたのはただ単純に事実である、と申し上げる。

肉体の処女性を別にすれば、高齢のエリザベトもまた天主様の御旨により、特別の恩寵によって洗者聖ヨハネを孕んだのだ。聖書にはそう書いてある。ならばどうして岡田氏は、聖母の処女懐妊を信じられなかったのか。エリザベトのことさえ信じられなかったのか。どうして神を信じる人がそれらを信じられなかったのか。岡田氏にとって神は「全能」ではないものだったのか。「地球が破裂する」とは。

神信仰者としては、こう思うのがむしろ普通であると思う。
神は全能であられるのだから、もしその必要をお認めになりさえすれば、地上世界の通常の秩序を破ってでも「特別の出来事」を起こすことがおできになる。そしてその時、世界は決して破裂しない
しかし彼はそのように単純に思うことができなかったのである。

私は、彼は「マリアの処女懐妊はなかった」とその「霊覚」をもって「知っていた」のではなく、ただ人間としてそれを「信じられなかった」のだと思う。何故なら、聖書に書かれた他の奇跡について、彼の判断が揺らいだ例があるからである。それは次回書く。

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