2010年12月9日

悪魔の憎悪 2

前のページからの続き


そのような「天主に属するもの全て」を憎み、
それらを取り除こうとして、
常に天主と人間を煩わす彼らだが、

そのたびに天主によって屈服させられ、

屈辱と共に追い払われる。


怒り狂った彼らは出て行き、
そして次に、何をするか。したか。

シルバーバーチの言う「大審議会」で
何を決議し、何をしたか。


色々あるだろうが、その一つは、より包摂的でグローバルな新宗教の創設と

新しい宗教観の樹立である。

その【目的】は、勿論、天主の御手から出来るだけ多くの霊魂を奪い、復讐することである。

その【手段】は、色々あるだろうが、主要な一つは「半真理」を語ることである。

彼らは「誠実さ」を装いながら、幻惑的な「霊」の高みから、しかし実のところその見かけの「高み」とは全く不釣合いな一般受けのいいだけの真理、 すなわち「半真理」を語るのである。

人間心理の一般的傾向を熟知した彼らは油断できない話者であって、本当の事と嘘を巧みに混ぜ合わせつつ、人の心を幻惑し、惹き付け、彼らの「暗いディベートの森」の中に誘い込み、迷わせる。

マシュー君

皆さん、ご注意。
霊的な事柄を判断するにおいて確かな「起点」や「基準」を持たない人は、危ないよ。「心に響いたので」というだけで選んでいたのでは、危ないよ。

また、物事を調査するにおいてこの世的な手法に長けている人達も、いつかは霊的な事柄にまともにアクセスしなければならないよ。人間とはそういうものだから。人間は「霊」なんだから。




さっき、「大審議会で何を決議し、何をしたか」という言葉を見て、多くの人は退(ひ)いただろうと思う。中には、自分が「知的」であることを確認する印、「苦笑」ってやつを、頬に浮かべた人も居るだろう。しかし、それははっきり言って自惚れってもんだ。------- 私は大真面目に言っている。





上の「イエス」の姿だけど、つまり「神界ではクリシュナその他の神々と仲良く COEXIST なさっているのです」とか「お若い頃はインドで修行なさったのです」とかいう話だけど、私も昔、宗教を広く探訪していた時には、「そうなのかな」程度のことは、やはり思ったさ。

そして、今も私の基本的な性質は変わっていない。ただの「探究者」としての心を今も持ってるつもりだ、根底に。だから、カトリック信者としては大胆?に、次のように言ったりすることができる。
もしそのような事が「真実」ならば、私は喜んでそれに席を譲ろう。この点については、カトリック教義に席を外してもらおう。何度も言うように、根本的に大事なのは「教義」ではなく、「真実」なのだから。
けれども、私が〈観察〉する限り、やはり上のような話は嘘だね。
カトリック系の示現、たとえばベイサイドの預言などは、カトリックの素朴な信者が見たらひっくり返りそうな事が書いてあるけど、その中にさえ「イエズス様はお若い頃インドで修行なさった」などという話は、全然、その影すら出て来ないからね。

もしそのような話が真実なら、イエズス様はたびたび「人里離れた場所に退いて一人で祈った」ぐらいだから、別に「インドで瞑想」したことがあったって、さほど問題ではないだろうよ。もしそれが真実なら、天国はそれを認めたはずだ。イエズス様を「天主」の位置に置いたまま、同時に「お若い頃は確かにインドで修行なさった」と認めることだって・・・う〜ん・・・まあ、「全く不可能ではない」かも知れないからね。

でも、とにかく、カトリックの有力な示現すべてを見ても、そのような話は出て来ない。一切出て来ない。

だから、「そのような話は嘘である」と見る方が、順当、至当なんだと私は思うね。

そして、私達は考えるべきなんだ。
『嘘』には『目的』がある」ということを。

そして、もう一つ肝心なのは、
「その嘘は単に人造なのではなく、霊界の生物から始まっている
と知ることだね。

マシュー君のことなどでも、よく人は「裏にその筋のゴーストライターがいるんじゃないか」とか疑うよね。物事を調査するにおいてこの世的な手法に長けている人達も、基本的に霊的なことはあまりまともに信じられていなかったりするから、ついそういう方向性の解釈になるよね。そういう人達が見るのは、常に人間の「思想」だ。
けれども、私は、誰かがどこかでこう書いているのを見たが -------「マシュー君のメッセージを受けている彼の母親、スザンヌ・ワードさんが話しているのを動画で見たけど、嘘を言っているようには見えなかった」------- おそらくその通りなんだろうと思う。彼女はおろらく主観的には嘘はついていないだろう。つまり、私は「あれは全くの霊現象である」と思うわけ。