2010年11月12日

トーリ・エイモス 7

トーリ・エイモスも天使と悪魔を弄ぶ



確かにトーリ・エイモスは、レディ・ガガなどと比べると、どこかしら上等である。まず、父親がメソジストの牧師ということで、彼女が主張するように彼女の若い頃に「抑圧」の問題があったのだとしても、それにもかかわらず、やはり彼女は基本的に「育ちがいい」のである。そしておそらく、その同じ環境のために、彼女は知的である。

けれども私は、それにもかかわらず、実在の神と天使に対する態度において、また反対の邪悪な存在に対する態度において、彼女も結局は他の者らと同じであると思う。人が自らの体に天使の羽根だの悪魔の羽根だの角だのを付けることが出来る時、あるいはそれに類した他の表現行為が出来る時、それはその人が、神と悪魔、天使と悪魔、善と悪などということに関し、本当には真剣に考えていない、考えることが出来ていない、ということを意味している。彼らは神や天使を、彼らの、彼らが言うところの「アート」の具、駒にしているのである。

Bono

Lady GaGa

Madonna

何故、こういうのがイケナイか。理由は簡単だ。「おこがましい」から。控え目に言って、それは「おこがましい」のである。(参照
こういうことをする時、それが私であれ、あなたであれ、彼であれ、彼女であれ、おこがましい。聖人で、仮にもこういうことを自らした人、自ら出来た人は、一人も居ない(「自ら」と言ったのは、何らかの教会権威の指導の下に、いわゆる「聖劇」を演ずることはあるだろうからだ)。それは、聖なるものと自分との間の遠い距離を、彼らがきちんと弁えているからである。


トーリ・エイモスは人の目に「深遠」に映る

私は以前、「レディ・ガガに比べてマドンナなどは、変な言い方だが、かなり精神がしっかりしており、確信的なのではないか」と書いたが、 その通りだと思う(自画自賛かw)。レディ・ガガは、「イルミナティ」のことなど何も知らない日本人の目にも、「天然」と映ったりする。彼女は気の毒にも、空っぽの人、魂の抜けた人、そして欧米の観察者たちの言う通りに、おそらく the Illuminati Puppet(イルミナティの操り人間)だろう。

Lady GaGa

しかし、トーリ・エイモスはそうではない。マドンナよりも更にそうではない。トーリ・エイモスは人の目に「知的」であり、更に「深遠」でさえあるだろう。トーリ・エイモスの音楽はカルロス・カスタネダであり、神話であり、精神分析学であり、ユング心理学であるだろう。知的である。

American Doll Posse
彼女はギリシャ神話の中から五つの女性像(女神像?)を選び、現代のアメリカに投影して、なにやら「女性」に関する心理学的なものを遊ぶ。(写真の5人は全てトーリである。)
そうして彼女は、そのようにしながら、おそらくは善と悪の問題をも心理学的にゴチャゴチャいじくり回し、相対化し、人々を神話を使った「ディベートの暗い森」の中に誘い込み、迷わせる。自分ではそれが善だと信じながら。

そして彼女の世界は、もちろん、シャーリー・マクレーンのような世界でもあるだろう。
Tori Amos
Shirley MacLaine
実際、彼女の That's What I Like Mick という曲には、シャーリー・マクレーンの名が出て来るのである。(その意味合いは知らないが。)

レディ・ガガやマドンナなどは共にエロ(破廉恥)であるから、ある程度心ある人は彼女らに近づかないだろう。けれど、トーリ・エイモスは彼女らとは違う。人々は彼女に知性と愛を感じる。その愛は、特に、「『狭苦しい善悪二元論』を超えた、温かく、広々、深々とした愛」だろう。「人々を『抑圧』から解放する愛」だろう。そしてその知性は、「人々に『真の自由』をもたらす知性」だろう。人々の目に、それら全てがそのように「映る」だろう。

そして実際、ファンとの交流の様を見ても、トーリはすこぶるフレンドリーで温かいようである。それは彼女の「人柄」であるだろう。そして、私はこれも、ある程度彼女が育った家庭環境の反映なのではないかと思う。つまり、私はメソジストの信仰を肯定するつもりはないけれども、「全」肯定するつもりはないけれども、それでも彼女のそれはある程度、彼女の父親(と母親)の、言ってみれば「善徳」のようなものから来ているのではないかという気がするのである。(私はカトリック仲間に気を使いながら話している。)

しかし、それにもかかわらず、そんなところに目を取られていては、私達は大変に、大変に間違う。
Osho なども、人々にどれほどの「愛」を感じさせていたことか! それは彼の弟子たちにとっては、まさに「巨大な愛」だった。「奇跡的な愛」ですらあったのだ。


ちーちゃん、これら全てを理解してください。
探究してください。徐々に。

「裏付けられたものが欲しい」「暗闇を歩く炎が欲しい」 (Angelina) と言うのならば。